巻頭文 寺倉襄 =1990年 平成2年= (7月) <にぐるものをおわえとる (二)> (9月) <滅罪の問題 (一)> (10月) <滅罪の問題 (二)> (12月) <南無阿弥陀仏に身をまるめたる> =1991年 平成3年= (2月) <自力の念仏と他力の念仏 (一)> (3月) <自力の念仏と他力の念仏 (二)> (4月) <ただの念仏> (6月) <往生は一人一人のしのぎなり (二)> (7月) <往生は一人一人のしのぎなり (三)> (8月) <御慈悲にて信をうける (一)> (10月) <教化者に対する訓戒誡 (一)> (11月) <教化者に対する訓戒誡 (二)> (12月) <一宗の繁盛とは> =1992年 平成4年= (2月) <念仏法門 (一)> (3月) <念仏法門 (二)> (4月) <御文は凡夫往生の鏡 (一)> (6月) <御文は凡夫往生の鏡 (三)> (8月) <臨終行儀について (二)> (9月) <喜びと、お助け (一)> (10月) <喜びと、お助け (二)> (11月) <無常の教化 (一)> (12月) <無常の教化 (二)> =1994年 平成6年= (2月) <身命をすてよ> (3月) <龍玄・慚愧の涙> (4月) <門徒への心配り> (5月) <法然上人の御化身> (6月) <おちばをしらぬ> (8月) <終戦の年を回想する> (9月) <往生の因果、悉く南無阿弥陀仏> (10月) <永生の楽果> (11月) <上人最後の絶叫> (12月) <当流の真実の宝> 巻頭言 真宗 真実の仏教 小川一乗 =1999年 平成11年= (4月) <1 「真宗」と仏教> (5月) <2 親鸞聖人のご苦労> (6月) <3 釈尊から親鸞聖人へ> |