(11)キカシ、キキ
キカシ
◎ キカシの概念は、意味の上でも技術の上でも、碁の言葉の中で最も難しいものの一つです。せんじつめれば、「先手で得をする手段」とでも言うのでしょうが、そこでは複雑な条件が絡み合っていて、むしろ、「キカシ」の観念の理解度が棋力の自安になると言っていいほどです。しかし、そうした言い方では「キカシ」を何一つ説明していません。キカシの発想は全局的な抽象性と部分的なカラさが絡み合ったものです。(曲励起)
◎ キカシは先手でなければならないことはいうまでもありませんが、先手で切り上げる方の先手です。別の言い方をすれば、局面の主導権の最終的行使ではなく、それまでの過程として、将来への準備的行使にあたるのです。(曲励起)
◎ 得をするとはどういうことか。目の子で勘定できる得は滅多に現れず、石の厚薄、石の軽重、将来の戦いへの準備工作など、ちょっと見にはピンとこないのが普通である。(曲励起)
◎ キカシは軽々しく打ってはなりません。先に損をする危険があるからです。時機の判定と手段の選択が難しい。(曲励起)
◎ むやみに利かすのは考えものだが、タイミングの良い利かしを怠らないのは、厳しい戦いを勝ち抜く要件の一つである。
◎ いつ打っても絶対に利くようなところは、できるだけ最後まで打たないほうが得、かつ上手な要領。
◎ 重利きの決めは決して急いではいけない。(酒井猛)
◎ 利き味は、後に残して碁を広く豊かにする心掛け。
◎ キカシは未来を見ていますから、将来戦いが起こるであろう方向に働かせるべく考えるのが常識です。一口に言えば、後ではいうことをきいてくれそうもないところで、しかも外側から打ち、内側に受けさせる形だったら、まず損はないと見ていいでしょう。(曲励起)
◎ 石が下にいけば(つまりキカされれば)、相手の石は軽くなる。
◎ キカシは、定石にも布石にも、ヨセにも死活にも、もちろん、中盤の戦いにも現れます。ということは、単なる技術ではなく、むしろ、碁の考え方に密着した概念と言っていいでしょう。(曲励起)
◎ キカシを現実に行う場合の底流として、石をいっぱいに働かせるという基本的な方向付けが認められます。すなわち、常に全局を見渡しながら将来への見通しを持って準備を怠らない。よくいう「石の流れ」を見きわめたところにキカシの意義が生じ、過去に打たれた石と未来に打たれる石との接点を強調したものがキカシと言える。(曲励起)
◎ 相手を重くするということは、部分的には相手を強化させることですから、その影響の及ぶ方面にこちらも手を入れる。その呼吸を学んでほしい。(長谷川章)
◎ キカシという手段自体は、ほんのわずかな利を求めるのですから、決行に当たっては再三再四の確認を必要とします。(曲励起)
◎ キカした石は元手があまりかかっていない利得です。だから捨ててもいい、むしろ捨てるべきだというのが「キカした石は捨てよ」です。キカした石の隣にはキカされて強くなった相手の石があり、捨てずに動き出せば、大きく攻められます。キカした石は無から生じた有。取られて元々のつもりで打つほうがいいのです。(小林覚)
◎ キキがあっても、そのキキを行使しなければ、キキがないのと同じこと。どういうキキがあるかを看破するのは力。(曲励起)
◎ キキの選択には、つねに慎重であらねばなりません。キキがあっても、すぐ打つかどうかは別問題。(曲励起)
◎ キキが何通りかある場合は、すぐにキメずにひとつ先の手を打って様子を見る。(曲励起)
キカシとキキ
◎ キカシにはどんな働きがあるか、思いつくままに挙げてみましよう。(曲励起)
・相手の石を重くして、その石を捨てにくくさせる。
・相手の形を崩して、サバキにくくさせる。
・相手の眼形の急所に一撃して、攻めの準備とする。
・自分の眼形を豊かにする。
・犠牲打を放って、次の手を大きくし、先手を奪回する。
・内と外の打交によって相手の次の手を小さくし、先手を奪回する。
・将来の戦いにプラスする。
・対隅のシチョウアタリにする。
・急所に一着突入して、手を残す。
・形にねばりを作って、手を抜く。
・弱点を間に合わせで守る。
・後では小さくなるところを今決める。
・様子を見る。等々。
◎ キカシを現実に行う場合、「石をいっぱいに働かせる」 という基本的な方向で、つねに全曲を見渡しながら、将来への見通しを持って現在から準備を怠らない。よく言う 「石の流れ」を見極めたところにキカシの意義があり、過去に打たれた石と未来に打たれる石との接点を強調したものがキカシであると言える。 (曲励起)
◎ 「石をいっぱいに働かせる」 ということは、ややもすれば薄さに通じます。その薄さが 「薄さ」 か 「軽さ」 かというあたりに、キカシの効果を最大限に発揮するカギが秘んでいると言っていい。(曲励起)
キカシの働き(効用)
◎ 言葉の上では、キカシは相手への働きかけとその結果を示したものとすれば、キキは自分だけで処理できる問題の結果を示したものと区別できそうです。しかし、現実の局面では難しく、要は、最善の手を打てばいいだけだという議論もあるでしょう。にもかかわらず、比較してみますので、ニューアンスの差だけは念頭に入れて、確かな知識と正しい感覚につなげて下さい。(曲励起)
◎ いつでもキカすことができるキカシはキカシとは言わず、キキと言い、ぎりぎりのタイミングでキカすのが真の意味でのキカシです。(曲励起)
<キカシ> <キ キ> 先手 先手
多くは将来の得 多くは現在の得
反発される可能性あり 反発される可能性小
全局的 部分的
全般的に働く 戦いに働く
抽象的な働き 異体的な働き
キカシのマイナス
◎ キカシを多用すれば薄くなる。碁では一方的に得をすることはなく、キカされた方は弱点が消えて頑丈になるのですから、相対的にキカしたほうが薄くなるわけです。キカシがマイナスに働くときは、そうした基本原理を忘れたときのようです。アマチュアの間では、キカシはただ儲けのように理解されていることが少なくありません。(曲励起)
◎ 正しい時期に、正しい方向から、正しい方法でキカせば、確かにプラスの面は多いに違いありませんが、それでもいくつかのマイナスが生じます。(曲励起)
・相手を固めて、安心させる。◎ 先手といっても、時機によってなったりならなかったりします。たとえ相手が言うことをきいてくれてもコウダテを一つ損する場合もあるでしょう。(岩本薫)
キカシの時機
◎ キカシはタイミングと周囲の状況をよくよく見て打たなければなりません。(藤沢秀行)
◎ タイミングを誤ったキカシは、手を抜かれるか、反撃されるか、キカシとは言えない状態なのです。その時機を正確に判断するには相当高段の棋カを要します。要するに、何か作戦行動を起こす直前にキカシの手筋を行使するというのが一つのタイミングになっているようです。(曲励起)
・生きる前に ・取られる前に ・攻める前に ・逃げる前に ・囲う前に◎ 生きる前のキカシ。
◎ 利かされる前に利かす。
◎ いつ打っても絶対に利くようなところは、できるだけ最後まで打たないほうが得ですし、上手な要領といえます。(曲励起)
キカシの方向
◎ 布石、中盤の時期では、おおむね外と内との交換であるが、その他の場合は、内も外もないと言えます。二、三の基本原則を挙げておきましょう。(曲励起)
・既着を働かせる方向から、◎ 中央で戦いが起きる可能性の残っているうちは、もっと中央に近い箇所でのキキが要求される。(曲励起)
キカシの方法
◎ 普通「キカシは遠くから」と言います。遠くということは、相手が弱点を補ってキカシが成立するなら、キカシたい方向へ少しでも近づいているので有利、という考え方であって、まず、これがキカシの方法の第一原則と考えていいでしょう。また、相手の弱点を拡大するキカシの場合は、多くは「キリー本」という格言で現される手筋が行使されます。基本的には以上の二つです。
◎ そして最後に付け加えて置きたいことは「キカシた石は捨てよ」の格言です。捨石も一種のキカシであり、キカシた石は用済みとみて再びキカシの精神で処理しなければ、キカシがキカシにならず、お荷物となる恐れがあるのです。(曲励起)
◎ 利かした石は捨てても惜しくないのがキカシの基本理念。(影山利郎)
キカシの対策
◎ 相手がキカシに来たときは、第一に手抜きを考え、第二に反発を考え、どうしてもだめなら受けるという順序になります。(曲励起)
序盤のキカシ
◎ キカシは「手筋」であり、一局の碁の全ての場面に現れるものですが、序盤での主要な動因は、地模様と石の強弱です。従って、序盤でのキカシは、先手を奪取するためのキカシと、未開拓の地に向けて働きを発揮する外側からのキカシが主であるので、この時期はやや抽象的な働きを持つキカシが主となり、それらは、将来を見通す勘に支えられているものなのです。(曲励起)
中盤のキカシ
◎ 中盤は戦いの時期で、攻めと守りが主な動因となって碁が進行し、相互の石が接触し激しく競り合うので、キカシの手筋が最も多用される。従って、中盤のキカシについて一つだけ言えることは、それが直接勝敗に繋がる場合が多いということです。それだけに中盤のキカシは慎重であらねばならないが、また、積極的に取り組んでもいかなければならないのです。(曲励起)
終盤のキカシ
◎ <攻め合いのキカシ>は、自分の石の手数を延ばすか、相手の石の手数を縮めるか、いわば、石の弾力に関するキカシの筋であり、また、<死活問題でのキカシ>は、外部との連絡を断つとか、外部との連絡や脱出を狙う とか、いずれも外部との関連でのキカシ筋であるが、<ヨセのキカシ>は、前二者よりはるかにバラエティに富んでおり、地の問題と死活の問題の二面的なヨミが要求されややこしい。従って、そのヨミを助けるための手筋を知っているかどうか、知らなければ損をするというのが終盤の特徴と言える。(曲励起)
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